1.6 反発あってこその進化心理学
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進化心理学者のコスミデスと人類学者トゥービーのもとで学び、1998年に集団協力の進化に関する社会心理学研究をテーマにした博士論文で博士号を得た。 1998年から2000年の間、ノーベル経済学賞の受賞者であるヴァーノン・スミス(Vernon Smith)の指導のもとで実験経済学に関連する仕事を行った ペンシルヴァニア実験進化心理学研究所(PLEEP)を設立
実験進化心理学の視点からヒトの社会的行動を検討する、すなわち自然淘汰の進化原則から人間行動を理解することを目的としている 研究は人間社会の主な構成部分、例えば二者間または他者間の協力、道徳、友情や婚姻に着目している
クルツバンはヒトがこれらを目標として行動する際にどのような戦略をとるのか、またこれらの行動はどのように個体の適応性を上げるのかに重点を置いている
例えば道徳問題では、ヒトは他人の損失によって潜在的な利益を獲得し得ることを指摘する
友情の研究においても、例えば葛藤の兆しがあるときにいかに協力を保つかなど、戦略的な協力の内的動機と適応問題が強調されている
私が学部生の頃、知的好奇心をくすぐるものが2つあった
生物学
遺伝学や行動生態学の授業で、自然淘汰による進化理論の基本原理を学んだ
ヒトの行動
特に社会行動
1980年代後半当時、進化理論は地球上すべての生物種の社会行動に適用されていたがヒトには適用されていなかった
幸運にもその理論をヒトに適用させていた2つのケースに出会った
致命的な暴力という現象をダーウィン的な観点から解き明かす
ヒトの配偶に関してコーネル大学の心理学科でバスが行った講演 進化心理学の分野の初期の本(Buss, 1994; Daly & Wilson, 1988; Pinker, 1997; Symons, 1979; Tooby & Cosmides, 1992)の中で展開された議論は、とても明快で論理的、そして説得力のあるものだったので、他の研究者も納得しそれぞれの分野で積極的に適用するだろうと思っていた
これに関して、私は完全に間違っていた。
進化心理学の分野で研究するということは、科学の大きな流れに逆らうことである
進化心理学ー絶え間ない改革
バスの講演では、聴衆は質疑応答の時間に講演者を悪意に満ちた表現で言語的に攻撃した
私はスティーブン・ローズ(Stephen Rose)とヒラリー・ローズ(Hillary Rose)の編著への批評を書いたが、この本は進化心理学を批判する多くの著作の中の一つにすぎない この世には反進化心理学というニッチ市場(Daly & Wilson, 2007)を満たすような多くの論文や公刊物が存在する
本質的に間違っていて往々にして馬鹿馬鹿しい主張をでっち上げ、それを批判したい対象に対してあてはめてしまう(Kurzban, 2010; Kurzban & Haselton, 2006)
進化心理学に関する誤解
最もありふれた誤解は、人々が行動の進化的な説明には遺伝的な決定論が必然的に伴うものだと考えていること
遺伝決定論: 遺伝子のみが行動を因果的に規定するという考え ある著者が述べたように、人々は「進化の原理は遺伝的な宿命を暗に示している」(Nelkin, 2000)と考えている
このことは明らかに誤解なのだが、多くの人々が同様の誤解をしている(Smith & Thelen, 2003; Quartz & Sejnowski, 2002; Lickliter & Honeycutt, 2003)
第一に明確にしておくべきことは、生物学一般にしても、進化心理学という特定の領域にしても、それらが依拠するのは遺伝決定論とはほど遠い、遺伝子と環境の相互作用が発達的な結果を定めるという考え方であること(Dawkins, 1976; Tooby & Cosmides, 1992; Tooby, Cosmides, & Barrett, 2003)
人々が生物学的理論は遺伝決定論であると考えることは理解可能
生物に対する直感的な生物学的理解が限、定的な意味において、遺伝子こそが因果を決定する変数である、という理解だから(Kurzban, 2003)
ある種が遺伝子に寄って決定されるというもの事実だが、生物の特性が生育環境に依存して発達するというのも事実であるし、この発達に関する相互作用的立場は進化心理学において決定的に重要な役割を担っている
二つ目の戦場は、強力でありながらほとんどの人に誤解されているアイデア、すなわち適応主義の文脈におけるデータの仮説との関連にある ウィリアムズはおそらく最も明確に適応主義の論理を提唱し、それは進化生物学における仮説検証において概念的な根幹となっている(Williams, 1964)
適応主義は身体的・行動的特徴の機能に関して仮説を構築し、検証することを可能にする
多くの人々は進化的な仮説を機能に関する仮説と考えずに、歴史に関する仮説と考えてしまう
生物学の教養を持っているはずの人々でさえ、こうしたきわめて基本的な間違いを犯し(Leiter & Weisberg, 2010)、進化心理学の射程は「ある特性がどのように進化してきたかを説明する」ことにあると誤解している
Bolhuis & Wynne (2009)も「進化的な分析は……歴史に関する分析である」と断言している
Williams(1964)のアプローチに則った進化心理学の目標は、ヒトの認知メカニズムの機能に関する仮説を生成することにある
鍵となる問題は観察したものがどのような証拠を明らかにしているのか、という点
当時、肺が体中に血液を巡らせているのだと考えられていた
心臓の鼓動を観察し、心臓の弁が血液を一方向にのみ流れさせるメカニズムを明確に記述することによって、ハーヴェイは心臓のポンプの機能の証拠を見出すことができた
注意すべきは彼は心臓の進化に関しては何も言っていないこと
彼は弁に関する身体的な証拠や筋肉の収縮に関する行動的証拠を用いて、機能に関する主張をした
進化心理学に対する多くの誤解のおおもとの原因は、特性と行動の観察に基づいて機能を推測できることを多くの研究者が理解していないことにある(例えば, Leiter & Weisberg, 2009)
この論理は職業科学者にとっても理解するのが難しいために、進化心理学の研究を続ける人々は、反証不可能な仮説を生成していると非難されることによる苛立ちに耐えなければならないだろう
進化的アプローチを心理学が受け入れた過程をまとめたConway & Schaller(2002)はバスらの研究(例えば、Buss & Schmidt, 1993)が「何百とはいかないまでも、何十という独立した反証可能性の検証にも生き残ってきた」と述べつつ、「しかし、不思議なことに、それらの理論は反証不可能であるという非難にさらされており、多くの懐疑的な意見が表明されている」と述べている
このタイプの近藤はトップの科学雑誌においてさえ見られる
2009年にNatureは進化心理学を批判する論文を掲載した
その論文では「このアプローチの最も重大な問題は、過去の世代の認知的特性が化石記録にほとんど痕跡を残さないことである」と述べられている(Bolhus & Wynne, 2009; Richardson, 2007)
心臓や目でさえもなんの化石記録も残さない
適応主義のロジックに関する誤った理解は、なぜなぜ話という非難も生み出している(Gould, 2000) 進化心理学による説明は単なる物語で、反証不可能であるがゆえに科学的には価値がないと主張するもの
進化心理学における仮説の性質を誤解していることから生じる
心臓がポンプであるという説は、単なるお話ではなく、心臓の特性やふるまいに関する説明であり、事実がその説明と食い違うのであれば棄却される
進化的な機能を推測する適応論的仮説は反証可能性を担保しており、したがって、近年の科学哲学の基準にも完全に合致している
将来への小さな一歩
進化心理学も知識の増進という目標を持っている
自然淘汰による進化という堅実な理論を持っているので、今までの研究を超えた進展を達成することは比較的容易 例として、サイモンズやバスなどの進化心理学的な観点を持った研究者が研究を始める前の、親密な関係に関する研究分野
配偶に関する理論といえば、以下のものくらい
人は自分と異なる性別の親とセックスしたがるものだとする(経験からして明らかに間違った)フロイト理論
人は近くにいる人々と関係を持つ傾向があるという(取るに足らない)アイデア(Festinger, Schachter, & Back, 1950)
類似性が魅力を予測するという(極端に曖昧な)アイデア(Berscheid et al., 1971)
これらの単純すぎる考えを、親の投資理論やそれと関連したアイデアから導き出される、よりきめ細やかな予測と比較(Buss & Schmitt, 1993; Symons, 1979)
進化心理学者は、人は寮の廊下でデートする(Festinger et al., 1950)といった瑣末で大雑把な予測を遥かに超えていて、妊娠の可能性が最も高い生理周期において女性はある特定の顔の特徴を持つ男性を好む(e.g., Johnston et al., 2001)というきめ細やかな予測を示した
進化心理学の予測力は、進化的機能に関して何の理論も持たないというハンディキャップを背負ったまま行われた研究とは比べ物にならないほど優れている
困難な部分はこれまで議論したように誤解と抵抗
近年の調査で、Park(2007)は社会心理学の代表的な教科書における、Hamilton(1964)の血液淘汰理論に関する説明を調べた 血液淘汰理論は、近年の進化生物学において中心的な位置を占めており、ヒトの社会行動(家族や利他性)と直接的に関わっており、更に習得するのに特別難しいということもない
10の教科書を調べたところ、この理論を適切に説明したものは0だった
「進化理論や血液淘汰理論を純粋に科学的に説明するよりも、多くの教科書は理論と直観を混同して説明しているように思われる」(Park, 2007)
不平不満ではなく、すべての学問領域における研究者は課題に直面しているし、そうした課題は様々な形を取る